「オルタナって、結局どんな音楽なん?」
この質問、ロック好きほど答えに詰まりやすいです。
なぜかというと、オルタナは“音の型”だけで説明しにくいからです。
激しい・暗い・歪んでる──そういう要素が入ることは多いですが、それが条件ではありません。
先に結論を置きます。
オルタナティブロックは、怒りではなく「違和感」を抱えたまま鳴らされたロックです。
きれいに言い換えるなら、「正解に収まれなかった音楽」とも言えます。
この記事では、日本のオルタナを中心に、
「なぜ90年代に必要になったのか」「どんな精神の音なのか」「どんなバンド/人が体現しているのか」を、順番に整理します。
オルタナティブロックとは何か?ジャンルではなく「態度」の話です
オルタナ(オルタナティブ)は、直訳すると「代替の」「別の選択肢」です。
つまり、根っこにあるのは「新しいジャンルが誕生した」よりも、
“既にある正解に乗らない選択”のほうです。
ロックには、時代ごとに「こう鳴らすのがロック」「こう振る舞うのがロック」という“型”が生まれます。
オルタナは、そこに対してこう言います。
- それ、本当に正解なん?
- その“ロックっぽさ”、誰のため?
- 整える前に出てしまう気持ちのほうが本物じゃない?
だからオルタナは、上手くまとめることを最優先しないです。
演奏が荒いとか、声が震えるとか、曲が歪んでいるとか。
それは「できない」ではなく、「そっちを選ばない」という態度に見えることが多い。
なぜ90年代に「オルタナ」が必要になったのか
90年代の前、80年代までのロックは、ある意味で“完成”していきます。
完成すると何が起きるか。
正解が強くなりすぎるんです。
・こういうギターの音
・こういう歌い方
・こういうステージの立ち方
それが悪いわけではありません。
ただ、正解が強くなりすぎると、そこに居心地の悪さを感じる人が出てきます。
その居心地の悪さは、怒りというより、もっと曖昧で、でも消えないやつです。
「なんか違う」という感覚。
そして、その「なんか違う」を無視しなかった人たちが、オルタナを鳴らしました。
日本のオルタナは「反抗」ではなく「違和感」でした
オルタナを“反抗の音楽”として説明されることがあります。
もちろん反骨も混ざります。
でも、日本のオルタナを語るなら、芯はそこだけじゃないです。
ChiRiの感覚で言うなら、たぶんこれが近い。
怒りより先に、違和感が鳴ってしまった。
怒りは対象がはっきりしています。
「これが許せない」「これを壊したい」みたいに、方向がある。
でも違和感は、方向がはっきりしないことが多いです。
- 何が嫌か、うまく説明できない
- でも「ここじゃない」だけは分かる
- 自分が収まる場所が見つからない
だからオルタナは、言葉が尖ることもあるし、演奏が歪むこともある。
きれいに整う前に、気持ちが先に出てしまう。
それを“正せないまま”鳴らしてしまう。
この「整う前に鳴ってしまう」感じが、オルタナの生々しさです。
日本のオルタナを体現したバンドたち
ここからは、イメージを掴みやすいように、代表例をいくつか出します。
ただし大事なのは「バンド名の暗記」ではなく、
その人たちが何を優先して鳴らしているかです。
90年代〜の起点になった空気
代表例として挙げられやすいのは、ナンバーガールやbloodthirsty butchers、eastern youthあたりです。
(ここは好みもあるので、あくまで入口の話です)
彼らをオルタナに感じる理由はシンプルで、
「上手くまとめる気がない」ように聴こえる瞬間があるからです。
売れるための整理や、分かりやすさの最適化より、
切実さが先に来てしまう。
その優先順位が、音に出ます。
90年代を“曲で入口”から入りたいなら、先にこちらでもOKです。
ロックバンド 1990年代 名曲BEST5|青春を彩った日本ロック史の名曲たち
名盤側から入りたい人はこちら。
この感覚が今も続いている理由(人で言うと分かりやすい)
「オルタナって90年代で終わった言葉でしょ?」と思う人もいます。
でも実際は、精神の形としてずっと残っています。
分かりやすいのは、“人”で見たときです。
たとえば、OLEDICKFOGGYの伊藤雄和さん。
ジャンルの箱で言えばパンクやフォークや、いろんな匂いが混ざっています。
それでもオルタナに見えるのは、「正解に収まる気が最初からない」感じがあるからです。
同じく、G-FREAK FACTORYの茂木洋晃さんも、オルタナの精神に近いところがあると思います。
怒りで燃やすというより、納得できていないまま、それでも立ち続けている感じ。
この「消えない違和感」を抱えたまま鳴らす強さは、オルタナの核心に触れています。
「短パンで叫んでる」が、なぜオルタナなのか
ここで、ChiRiのロック観にいったん戻します。
短パンや破れたデニムにTシャツで、
自分の気持ちを思いっきり叫んでるのが好き。
これ、めちゃくちゃオルタナです。
なぜか。
それは「ロックっぽく見せたい」じゃなくて、
整える前に、気持ちが出てしまう状態だからです。
言い方を変えると、こうなります。
ちゃんとできないんじゃない。ちゃんとする理由が見つからない。
服装の話に見えるけど、本質はそこじゃない。
「周りにどう見られるか」より「今の自分の感情」が先に来る。
その優先順位が、音楽にもそのまま出る。
人で言うなら、、ジャパハリネットの城戸けんじろ、銀杏BOYZの峯田和伸、OLEDICKFOGGYの伊藤雄和さん。
ジャンルは違うのに、共通しているのは“整う前に出てしまう”ところです。
それが格好いいと思えるなら、
オルタナはたぶん、もう感覚で分かっているはずです。
オルタナと「普通のロック」の違いはどこにある?
ここ、誤解が生まれやすいので整理します。
オルタナは「普通のロックより上」とか「偉い」とか、そういう話ではありません。
違いは、音の派手さじゃなくて、“正解との距離感”です。
- 王道のロック:型を磨いて強くする
- オルタナ:型の中に収まれない感覚を、そのまま鳴らす
どっちもロックです。
ただ、オルタナには「言語化できない違和感を、音で処理している」感じが強く出ます。
だから、刺さる人には刺さるし、刺さらない人には分かりにくい。
そこがオルタナの特徴でもあります。
まとめ:日本のオルタナティブロックは今も続いています
オルタナティブロックは、90年代の流行語で終わるものではありません。
違和感がある限り、形を変えて残り続けるタイプのロックです。
怒りで壊すのではなく、
違和感を抱えたまま、誤魔化さず鳴らしてしまう。
最後に、この記事の結論をもう一度だけ。
日本のオルタナティブロックは、反抗の音楽ではなく、
「違和感を抱えたまま鳴らすことを選んだロック」でした。
収まれなかった人たちの音楽は、
主流じゃない場所で、今もちゃんと生きています。

